このハッカソンアイデアにいたった理由(NO AI TEXT)

<背景>

公立中学にはいったときに、塾に行きたいといわれて塾に入った。

いわれるがままに塾にはいってもらったけど、たまたま通った道にある塾だった。これが進学を目指す塾で、フォローアップ系の塾ではなかった。

そしたらなんだかあわなかったみたいで、春にはいって冬期講習くらいまではいたんだけど、そのあと本人のモチベがなくなって春に退塾。先生からは勉強しないルートが実に危険であるかをとうとうと語られたけど、私も娘もぜんぜんはいってこない(だって塾の先生だって狭い領域で生きていてそれ以外の世界みたことないでしょ?)

2年生からはノー塾。

学校の補講にでたり、成績は真ん中。

(たぶん掘り下げると真ん中より下と思うけど成績の3のゾーンの大きいこと大きいこと)

親は子どもに楽楽にいきてほしいのか、(受験をして大学進学をする、あるいは別のルートを探す)エスカレータで進学させるか(実質高校受験だけをして大学がつながってる高校にいくのか)あるいは中学から進路を見据えて受験をするのか、この辺は各家庭考え方がいろいろ。さらに、出せる資金というのも各家庭で違う。娘のなかのよかった子が、私の卒業した大学の付属高校を受験することを決めて、同じ高校うけようよと誘われたけど、私はえーー私はこの大学じゃないでしょーと思ったので、(そしてこの時点で大学まで決めるのがどうかと思い)その道はすすめなかった(そもそも成績とどくかどうかもわからなかった)

<親視点>

娘の様子を観察していると、手先はまあまあ器用そう。それと、地道な作業は嫌いではなさそう(家庭科の縫物の課題などは自分の力で最後までやり切って提出していた)、私が面倒くさいと投げ出しがちな「おかしづくり」みたいなものを、夜中になっても最後まで作る根気強さがあるなど、もしかしてモノづくり系なのかな? と思った。

それと、技術家庭科の成績だけは5がとれていた。技術は何が評価されたのかよくわからないけど、1年生のとき娘曰く「きこり」・・・木で何かを設計してつくるみたいのはあまり好きではなかったと(それでも、最後までしっかり本棚や椅子などは作ってきていた)

PCタイピングのスピードを競うものに関しては常に1位とれていて(娘曰く、無双できるのはこれしかない)

<中学3年生になって>

3年になって高校えらぶにあたり、本当に情報多すぎるのに、大事なことがぜんぜん伝わっていない(親に)感じで(うちは一人っ子で情報なくて、しかもノー塾だったので、私は学校の説明会にはまじめに参加していた)これはどういうことか。私のキャパシティーが小さすぎるのか(説明でわかったことは学校見学にいって、先生の名前をmemoしておいてください、とか・・・文化祭に積極的にいってくださいとか・・・)いろいろよくわからない。単願推薦だとほぼ決まるけどかならずその学校にいかないといけないとか(後出しじゃんけんできないよ)都立に出願して合格したら、何をおいても都立に行かねばならぬとか・・・この時ぜんぜんわかってなかった。

それでのらりくらい、夏がきて秋がきて・・・(だいたい文化祭や学校説明会に参加するにも、抽せんだったりするので、全員に平等にチャンスがあるわけではない。運がかなり作用する)


志望校をかいて提出する時期になっていた! ぎゃん! 何も決まってない!

と、いうことで、仕方なく・・・なんとなく・・・都立第一、私立で併願優遇というパターンをきめた。きめたんだけど、私立の併願優遇は(都立ダメだった時かならず行きますという契約の上きめる滑り止めみたいな感じ)


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