自分たちが最良の選択ができなかったからこうなったんじゃないかとか、あの時こうしておけばよかったんじゃないか、とかもう、とにかくみかんがいなくなったことを受け入れられなくて二人して泣いて泣いてああだったね、こうだったね、とみかんの素晴らしいところを挙げては泣いて比較して自分たちのダメさ加減・・・傷口に塩塗りたくって・・・また泣いて・・・
昨日からこれ繰り返していて、私は自分の顔に塩がふいていてたまげました。
その後葬儀屋さんから電話があって、16時から火葬セレモニーをしました。
小さい骨壺にはいって帰ってきたみかんを、臨時でつくった祭壇において、お花お水、フランキンセンス、とびきりの沈香で改めて送りました。
いろんな人たちが慰めてくれるために「いや、あなたの家の子でよかったって思ってるよ」っていってくれるけど、私はしょうじきみかんは失敗したなーって思ってるかもと・・・思います。ただ、みかんのきた翌年にみかんにとっては妹分、うちの娘が生まれていて、突如お兄さんになってしまったのはみかんにとってはどうだったのでしょうか。めっちゃ献身的に娘をみてくれていました。
泣けば私に知らせてくれるし、いい子でねているときは二人は1つのベットで温めあって寝ていました。
娘が巣立ってしまって、4月からこの家にいなくて、たいていは夜はみかんと娘で留守番することが多かったのにみかんが一人になっちゃって、あれー?って思っていたかもしれません。
ゴールデンウイークに娘がかえってきたときは、ちゃんと覚えていて(あたりまえ)お迎えにいっていたけど。夏休みに帰ってきてもみかんはいなくて娘は寂しいでしょう。
とにかく、自分たちだっていい年なわけだし、みかんに多くを教えてもらったので、くよくよ公開祭りは今晩で終わりにして(いや明日もまたやるかも)前をむいていこうと思います。
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